2015年4月20日月曜日

近江大津宮錦織遺跡第四地点

近江大津宮錦織遺跡第四地点は、
京阪 石山坂本線 近江神宮前駅のすぐ横にあります。


錦織は、「にしごうり」と読みます。

史跡「近江大津宮錦織遺跡(おうみ おおつのみや にしこうり いせき)」
遺跡はいくつかの地点に分けて発掘されています。



近江大津宮錦織遺跡第四地点は、国指定の史跡です。


マナーは、守りましょう。


近江大津宮錦織遺跡第四地点の説明が書かれています。

大津宮は、天智天皇により667年から5年間営まれた都で、
国家としての体裁がととのう時期です。
宮は、近年の発掘作業により、錦織に所在することが分かりました。

大津宮の構造は、これまで、内裏正殿・内裏南門・回廊・塀・倉跡
等が明らかになっております。柱は基礎石を使わずに、
直接地面に穴を掘って立てる堀建柱構造です。

当場所からは、南北に延びる塀の柱三個が見つかりました。
柱の太さは直径30センチメートルで、ほぼ1.6メートル間隔に
並んでいます。ここは内裏南門の東側にあたり、この柱跡により、
ここに東西37メートル、南北42メートルの区画があったことが
推定できました。
同じ区画は前期難波宮(孝徳天皇)にもあります。
このことから、昭和62年に国の史跡として追加指定されました。

と書いてあります。


出土状況写真と、第4地点位置図
ダイブ色褪せてしまいました。。。


実測平面図の方が見やすい。


レプリカ柱は、腐り・・・小宇宙が育ちつつありました。

これからもひっそりと時を重ねることになるんでしょうね。


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